編集後記/『福岡地方史研究』第57号
◆あとがき・編集後記など、会の活動や会報に関する情報を収録します。
『福岡地方史研究』第57号 2019年9月10日発行
編集後記
◎新元号「令和」の発表された四月一日以降、列島はお祭り騒ぎとなり、改元の五月一日には花火さえ打ち上げられた。「一世一元の制」の下でのお代替わりは、諒闇となるべきもので、慎ましく喪に入り厳かに新元号を拝聴するものである。しかし平成の天皇は生前譲位を実行に移された。
◎新元号は『万葉集』(巻五)から採用され、その意味を政府は〈美しい調和〉ビューティフル・ハーモニーであると発表したが、私には何か不吉な未来の陰りのようなものが連想された。たぶん「令」という文字のもつ強制的な意味(命令や指令あるいは勅令など)が、「和」つまり倭国(日本)を統制するのではないかと思えたからだ。辞書を開いても「令」には、〈いいつける〉や〈従わせる〉の意が強く、敬字や美字としての意味は弱いのである。従って政府の発表に「巧言令色鮮(スクナ)シ仁」を読み取ってもおかしくはない。
◎「初春ノ令月ニシテ気淑(ヨロシ)ク風和(ヤワラ)ギ梅ハ鏡前ノ粉ヲ……」。梅花の歌三十二首の序である。「令和」はここから採られたのであるが、梅花の宴を催した大伴旅人の館は、坂本神社付近にあったとされている。都府楼跡の西北に鎮座する小さな八幡さまで、三月末までは、ほとんど誰もそこまで足を運ばない静かな神社だった。鳥居の左に〈がらんさま〉という高さ一メートルほどの尖った石があり、寺の中心地や結界となるところに置かれるものらしく、境内にある説明板によれば、天台系の社寺にはよく見られるものだという。元々四王寺座主坊のあった所で、善正寺(坂本坊)と称されていた。私はその〈がらんさま〉を撫でるために、度々坂本八幡へ歩いた。水城から国分尼寺跡の田畑を通り、国分寺跡へ上がって住宅街を抜ければ八幡さまである。広々とした都府楼跡より、この神社の静かなたたずまいが好きだった。
◎今号は「東アジアの中の福岡・博多」を特集とした。53 号、54号に続き第三弾である。北部九州は、地政学的な観点から見ても、大陸と韓半島に影響されざるを得ない宿命にある。東アジアの中の大陸と半島と列島は、交流し衝突し離反し対立するという歴史を刻んできたが故に、その親近性は憎悪や蔑視や韜晦以上に密なのである。現在、日韓関係の悪化は、昨年十月の元徴用工をめぐる韓国大法院判決以後、レーダー照射問題、半導体関連物質の輸出規制などにより、双方とも出口の見えない所に追い込まれている。しかし、政治指導者や官僚たちの抽象的な言葉を、大衆的な親近性による言葉へ対置することで、情況は大きく変わるだろう。歴史はその方法を、必ずどこかに用意している。(司)
【注記】*執筆は編集委員長 師岡司加幸。
『福岡地方史研究』第57号 2019年9月10日発行
編集後記
◎新元号「令和」の発表された四月一日以降、列島はお祭り騒ぎとなり、改元の五月一日には花火さえ打ち上げられた。「一世一元の制」の下でのお代替わりは、諒闇となるべきもので、慎ましく喪に入り厳かに新元号を拝聴するものである。しかし平成の天皇は生前譲位を実行に移された。
◎新元号は『万葉集』(巻五)から採用され、その意味を政府は〈美しい調和〉ビューティフル・ハーモニーであると発表したが、私には何か不吉な未来の陰りのようなものが連想された。たぶん「令」という文字のもつ強制的な意味(命令や指令あるいは勅令など)が、「和」つまり倭国(日本)を統制するのではないかと思えたからだ。辞書を開いても「令」には、〈いいつける〉や〈従わせる〉の意が強く、敬字や美字としての意味は弱いのである。従って政府の発表に「巧言令色鮮(スクナ)シ仁」を読み取ってもおかしくはない。
◎「初春ノ令月ニシテ気淑(ヨロシ)ク風和(ヤワラ)ギ梅ハ鏡前ノ粉ヲ……」。梅花の歌三十二首の序である。「令和」はここから採られたのであるが、梅花の宴を催した大伴旅人の館は、坂本神社付近にあったとされている。都府楼跡の西北に鎮座する小さな八幡さまで、三月末までは、ほとんど誰もそこまで足を運ばない静かな神社だった。鳥居の左に〈がらんさま〉という高さ一メートルほどの尖った石があり、寺の中心地や結界となるところに置かれるものらしく、境内にある説明板によれば、天台系の社寺にはよく見られるものだという。元々四王寺座主坊のあった所で、善正寺(坂本坊)と称されていた。私はその〈がらんさま〉を撫でるために、度々坂本八幡へ歩いた。水城から国分尼寺跡の田畑を通り、国分寺跡へ上がって住宅街を抜ければ八幡さまである。広々とした都府楼跡より、この神社の静かなたたずまいが好きだった。
◎今号は「東アジアの中の福岡・博多」を特集とした。53 号、54号に続き第三弾である。北部九州は、地政学的な観点から見ても、大陸と韓半島に影響されざるを得ない宿命にある。東アジアの中の大陸と半島と列島は、交流し衝突し離反し対立するという歴史を刻んできたが故に、その親近性は憎悪や蔑視や韜晦以上に密なのである。現在、日韓関係の悪化は、昨年十月の元徴用工をめぐる韓国大法院判決以後、レーダー照射問題、半導体関連物質の輸出規制などにより、双方とも出口の見えない所に追い込まれている。しかし、政治指導者や官僚たちの抽象的な言葉を、大衆的な親近性による言葉へ対置することで、情況は大きく変わるだろう。歴史はその方法を、必ずどこかに用意している。(司)
【注記】*執筆は編集委員長 師岡司加幸。
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