あとがき/『福岡地方史談話会会報』第9号

◆あとがき・編集後記など、会の活動や会報に関する情報を収録します。

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『福岡地方史談話会会報』第9号 1970年1月30日発行

あとがき

 九州でも珍らしい和やかな正月と思っていたら、俄然五日にはきびしい吹雪が荒れて、七〇年日本の前途を暗示するようでした。そのような凛烈たる空気の中で第九号をお届けします。

 論文は近藤典二氏の「長崎街道の宿駅としての田代」と、木村秀明氏の「明治前期の福岡県の新聞・2」を収めました。いずれも改めて紹介するまでもないベテランですが、近藤氏は筑前から肥前へと従来の研究を進められたわけで、やがてそれが「長崎街道の研究」と大成することを期待したいと思います。木村氏の研究はいよいよ「胎動期」に入りました。資料蒐集の執念は充実した考証となっています。これを彩る先駆的新聞人藤井孫次郎については「地方史ふくおか」に割愛されました。併わせて御参看下さい。

 さらに本号では、川添昭二氏の努力によって作成された「福岡藩藩政関係文献目録」が紹介されたことは感謝に堪えません。本誌は前に同氏による「元寇関係論文目録」、大橋博氏による「明治町村是と福岡県」を得ましたが、これらの基本的な業績がつづくのも本会の特色であると自負するところです。会員各位の御利用を望みます。

 今回の目録をよんで気がついたことは、明治十年の東久世通禧「平野国臣君碑」にはじまり、明治・大正前期を通じては維新志士、維新事蹟、黒田家への忠節史談がほとんどであって、大正後半にいたり「福岡藩制度一般」(八年)、「筑前民政史稿」(十年)、「筑前の地租制度」(十五年)等が散見するにすぎません。こうした社会経済史的見地からの研究は昭和四、五年からようやく芽を吹きはじめるようです。これは全国的傾向と軌を一にするといってよいと思うのですが、それにしても戦前における地方史研究の特色を余りにはっきり示しているのにはおどろきました。戦後は研究分野が細分化されると同時に広がりつつ、いっせいに花開くの観を呈します。そしてこれをどのような角度からどうまとめていくかということが、新らしい地方史家の課題となると思います。

 卓話は今回は紙数の都合により中山成基氏の瓢々たる一篇にしぼらせて頂きました。本誌も次号で数えて一〇号。幹事会ではそれにふさわしい企画が練られているようです。冬来りなば春遠からじ。各位の筆硯もますます豊潤ならんことを祈ります。
(山田)

【注記】山田は山田龍雄氏。『明治絶対主義の基礎過程―鹿児島藩の農業構造』(御茶の水書房、1962年)、『九州農業史研究』(農山漁村文化協会、1977年)などの著書がある。『日本農書全集』第1期全35巻(農山漁村文化協会、1977~1983年)の編集委員のひとり。

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